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アーカイブ: 2006/08/24

親米ではなく,もはや媚米

  • 2006.08.24 Thursday
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以前,つくる会の内紛に関して親米と反米の思想的対立が根底にあるのでは?という意見を述べたことがありましたが,その親米の筆頭として筆者がイメージしたのは田久保忠衛氏や以下に述べる岡崎久彦氏でした。
今朝の産経正論にある同氏の評論(【正論】岡崎久彦 遊就館から未熟な反米史観を廃せ)はもはや親米の範疇を通り越して完全なる媚米領域の言説だと思いました。
■「靖国」の尊厳すら損ないかねず

《唾棄すべき安っぽい議論》
 8月20日の米紙ワシントン・ポストに保守派の論客として知られるジョージ・ウイル氏が論説を掲げ、安倍晋三氏は新総理となったら靖国に参拝すべからずと論じている。 その理由として挙げているのは、単に日中関係が悪いから修復する必要があるということだけであり、米国の世界戦略にとってどうのこうのという論点は全くない。むしろ、全体の書きぶりは、歴史家ウイル氏らしく、中立的、思索的であり、日本に対する非難のトーンはない。
 たとえば、中国が内政干渉する以上、日本は言うことを聞けないとの態度に対しては、ネルソンの火掻棒理論を紹介している。 トラファルガーの海戦の前に、火掻棒を手にしてネルソンは言った。「火掻棒をどこに突っ込もうとおれはかまわない。ただナポレオンがここに突っ込めと言うなら、おれは他の所に突っ込む」。これを良いとも悪いとも言わず、中立的な歴史的な例として紹介しているだけである。
 ただ、他のすべての個所はユーモアと余裕をもって書いているのに、一カ所だけ文勢が激しいのは、遊就館の展示についての次の部分である。 
「遊就館の展示によれば、『大東亜戦争』は、ニューディール政策が大不況を駆除できなかったので、資源の乏しい日本を禁輸で戦争に追い込むという、ルーズベルト大統領の唯一の選択肢として起こされたものであり、その結果、アメリカ経済は完全に回復した、と言う。これは唾棄(だき)すべき安っぽい(あるいは、虚飾に満ちた、不誠実な=dis-gracefully meretricious)議論であり、アメリカ人の中で、アンチ・ルーズベルトの少数ながら声ばかりは大きい連中が同じようなことを言っていた」
 ウイル氏は引用され得る少数論の存在もちゃんと示しながら、この論に対する侮蔑(ぶべつ)の態度を明らかにしている。そして更に「小泉氏も安倍氏も、靖国参拝の際、遊就館には行っていない」と公平に付記している。
 全体の論旨には賛同できない点はある。というよりも、彼は私の尊敬する歴史家であるが、現実に動いている国際情勢については事実の誤認がある。

《知のモラル上許せぬ展示》 
2005年4月に中国で起きた反日デモは靖国とは何の関係もない。日本の安保理常任理事国入り反対は、官製デモの目的であり、靖国参拝の結果ではない。 
昨年10月の小泉総理参拝の前に、私は、反日デモは警察の厳戒態勢内の少数の抗議運動以外は有り得ないとして、総理の参拝を支持したが、現にデモはなかった。8月15日の参拝後もそうだった。 昨年の総理参拝のころから、日本の対中国投資は再び活発になっている。問題は首脳会談がないという人為的な障害だけであり、むしろ、こんなものは無視した方がよいという歴史観に基づく判断もあってよいと思う。
 この論文を読んでいて、ウイル氏が歴史家としてのインテレクチュアル・インテグリティー(知性のモラル)上、真に許せないと思っているのは遊就館の展示だと思う。
 この展示には、日本では他の国より弱いかもしれないが、世界的にどこでもある反米主義の一部が反映されている。過去4年間使われた扶桑社の新しい教科書の初版は、日露戦争以来アメリカは一貫して東アジアにおける競争者・日本の破滅をたくらんでいたという思想が背後に流れている。そして文部省は、その検定に際して、中国、韓国に対する記述には、時として不必要なまでに神経質に書き直しを命じたが、反米の部分は不問に付した。
 私は初版の執筆には全く関与しなかったが、たまたま機会があって、現在使用されている第2版から、反米的な叙述は全部削除した。

《これでは靖国をかばえず》 
戦時経済により、アメリカが不況の影響から最終的に脱却したことは客観的な事実であろうが、それを意図的にやったなどという史観に対しては、私はまさにウイル氏が使ったと同じような表現-歴史判断として未熟、一方的な、安っぽく、知性のモラルを欠いた、等々の表現-しか使いようがない。
 私は遊就館が、問題の個所を撤去するよう求める。それ以外の展示は、それが戦意を鼓吹する戦争中のフィルムであっても、それは歴史の証言の一部であり、展示は正当である。ただこの安っぽい歴史観は靖国の尊厳を傷つけるものである。私は真剣である。
この展示を続けるならば、私は靖国をかばえなくなるとまであえて言う。(おかざき ひさひこ=元駐タイ大使)

同氏が「アングロ・サクソンについてゆけば間違いない」的な強い親米であることは周知のことですし,上記にあるように教科書から反米的な記述を削除したことも知ってましたが,今回の評論は媚中・媚韓と全く同質な媚米姿勢に塗れた論ではないでしょうか。
上記の「アメリカが経済立て直しのために日本に戦争を仕掛けた」に代表される,いわゆる遊就館史観は,じつは以前にも桜チャンネルの討論会で秦郁彦氏が批判されておられました。秦氏も,歴史的に観て立証のされてない言説をさも事実かのように展示・説明しているのは間違っていると述べていましたが,岡崎氏はこれを「安っぽい歴史観」と表現していることになりますね。

しかしながら,図らずも岡崎氏が表現されているように,これは歴史観ですよ。史実とは異なります。

この場合の史実とは「日本がアメリカと戦争をし,そして負けた」だけです。これに対し,お互いの国が各々の状況証拠や物的証拠を積み上げながら事実に対する考え方を醸成させていくのが「史観(歴史観)」ではないですか。
したがって,これには相違があって当然ですし,それをある程度すり合わせることは出来ても,絶対に相容れないところがあるのも,これまた当然のことだと思います。しかも,いまや宗教法人である靖国付帯施設の一展示説明にそれがあったからといって,何ら強要・抑制されるものではありません。

岡崎氏の引用したウイル氏の論説が「靖国参拝の是非」にまで言及しない純然たる遊就館史観への批判ならば,それはウイル氏のそれこそ「知的モラル」の発露であるので,我々がどうこう言う類のものではありません。しかし,岡崎氏が幾らウイル氏の立場が公正・中立であると強弁しても,結果的に「靖国には行くな!」と言っていることは間違いのないことです。これは中・韓の内政干渉と全く同質のものではないでしょうか。
これはてっくさんも言及されていますが,そもそも原爆の正当性を言い続けるアメリカにこの程度の歴史観を強く批判される筋合いなどありません。

ゆえに,それを引き続いて代弁している岡崎氏もウイル氏と同じ過ちを犯しているとしか思えませんでした。まさにアメリカの言いなり,媚米です。
岡崎氏はご自分で言った「日露戦争以来アメリカは一貫して東アジアにおける競争者・日本の破滅をたくらんでいたという思想が背後に流れている。」の客観的根拠が示せますかね。これが出来なければ,ご自分の媚米的思想こそが「安っぽい歴史観」の現れだと観られても仕方がないと思います。

ちょうど昨日にはまさに”虎の威を借る狐”ならぬ”日経”が岡崎氏と似たような「アメリカに潜む対日批判」を利用して懲りもせずに中共擁護論を展開しています(「靖国問題」に戸惑う米国(8/23))。同氏の評論はこうした見え透いた靖国批判論をさらに増長させてしまうことになりかねません。
岡崎氏には今後,靖国神社を庇っていただかなくて結構です。

また,以下のように考察することも出来ます。
今回の評論を批判して遊就館史観を不問に付すことは,「侵略戦争史観」を云う中・韓を批判できなくなるという考えです。でも,これは多分に論理の飛躍でしょう。誰も中・韓が独自の対日史観をもつことに批判など出来ようはずもありません。それは上で述べたように,個々の勝手です。
しかし,中・韓はその史観を政治的に利用し,一部事実の歪曲を行ってまで日本にそれを強要させようとしています。ですから,この種の不当な要求を批判することは上記との間に何ら齟齬が発生するものではありません。

特アの次は戦勝国様のアメリカですか?(実はこれが本体かも),彼らの言うことに一々言いなりになってたら,日本人という種は早晩この世から消滅します。



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